2017年11月14日火曜日

「痛い」量と、「痛いと言う」量

つまんない。やっぱりつまんない。
これは、こっちで書くべきじゃないかな。
まあ、ともかく、金になる文章は、一日に一大項目ぐらいにした。中項目小項目があるからな。いや、二中項目ぐらいでいいか。ぼくはやはり、この手の文章を書くよりも、サイト作成(webデザイナーのほうがむいているんじゃないかと思う)。まあ、ブログでこんなことを言っていてもしかたがないけどね。

やっぱり、興味がない分野の文章を調べて書くのはきつい。

それにしても喉がかわく。

こっちに書いていいのかどうかわからないけどさ、ネガティブな口癖を言わないようにするという、方法は、おかしいんじゃないかと思う。そりゃ、圧倒的に不幸な目に遭った人は、やはり、「つらい」と言う。つらいと言っているから、つらくなるのではなくて、つらいからつらいと言っている。人間の不幸量みたいなものがちがう。これはようするに、痛いと感じている人は、痛いと言うけど、痛いと言うから、痛くなるとか、そういうとを考えた場合、どういうことが言えるかということだ。「痛い」量と、「痛いと言う」量を、くらべて考えてみなければならないのではないかと思う。けど、痛いと言うことだけに注目して、痛いと言っている人をけなして、痛いと言わない人をほめるみたいなところがある。……まあ、これはここに書くようなことじゃないな。そのうちまとめよう。痛みを感じてないから、特に「痛い」と言わない人が、痛みを感じて「痛い」と言っている人を責めてるんだよ。これは、おかしい。

いつも読んでくださるかたに感謝しております



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